恐山で“何か”を連れてきたと思った話
恐山に行った、その日のことです。
帰宅した瞬間、いつもおとなしい犬の様子が明らかにおかしかった。
——その理由に気づくまで、私は本気で“何かを連れてきた”と思っていました。
ある日、ふと「恐山に行きたい」と思ったんです。
理由は特にありません。
恐山には今まで一度も行ったことはなくて、正直「イタコが有名だよな」くらいの認識でした。
「今日はクライアントと打合せもないし行ってみるか。」
平日だったこともあり、人はほとんどいません。
硫黄の匂いと、風の音だけがやけに耳に残っていました。

少し妙な空気だな、とは思いましたが、
もともと霊感なんてないので、特に気にせず帰宅しました。
——その時です。
玄関のドアを開けた瞬間、
家で飼っている小型犬がものすごい勢いで駆け寄ってきたんです。
普段はおとなしい子なのに、
じっとこちらを見つめたあと、低く唸り始め——
次の瞬間、激しく吠え出しました。
「どうしちゃったの?」
声をかけても、まったく止まりません。
それどころか、私の膝に飛び乗ってきて、仁王立ちのまま吠え続けます。
目が、明らかに普通じゃない。
……もしかして、

本当に何か連れてきたのか?
そんな考えが頭をよぎった、その時。
ふと、時計が目に入りました。
そしたら——犬の、散歩の時間、完全に過ぎてました。
ああ、それか。
そりゃ怒るよね。
私は慌ててリードをつけて、全力で散歩に出ました。
あのときの“あの目”の意味、完全に勘違いしてました。
幽霊じゃなくて、ただのクレームでした。
しかも、かなり本気のやつ。
というわけで、恐山から“何かを連れてきた”わけではありませんでした。
ただひとつ言えるのは——
犬の散歩時間だけは、絶対に守った方がいいということです。
今日もあの子は、時間になるとしっかり主張してきます。

